江戸 明治 大正期の花文化
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平安時代には、京の都では、大原女が花を売り歩いていました。室町時代に生け花が始まり、園作りも盛んになりました。生け花の材料調達も含めて、造園業や植木職人が基になり、日本の花文化は、江戸時代に花開いたと言われています。実際に元禄(1680年〜1709年)と文化文政(1894年〜1830年)のころ、江戸の庶民は盆栽やサツキ、アサガオを育てることを趣味として楽しむようになりました。これが園芸の隆盛の始まりであり、平安の現代に続く「民間育種」の源流となっています。古くから武士や貴族などの上流階級は桜など花をめでていました。秀吉が天下を取った安土桃山時代の醍醐の花見が有名ですが、庶民が花見に熱狂するようになったのは、江戸時代中期以降とされています。


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このように日本文化のなかで、花は季節を感じさせる象徴的な存在でした。また、冠婚葬祭など人生の節目で、人々にとって大切な出来事を彩るのに、欠かせないシンポリックな装飾品としての役割を果たすようになりました。明治維新以後、衣(洋服)と食(洋食)に関わる消費文化はしだいに洋風化していきました。ところが、住関連の花文化(生け花)は、日本家屋や茶道とともに和風のスタイルを残したままでした。庶民の生活に関連する出来事として、大正時代(9年)には生鮮品流通のために卸売市場が生まれました。鮮魚・精肉・青果の生鮮3品ともに、花き類(切り花、鉢物、花木類)も全国的に流通するようになリました。経済発展を支えるために農村から都市部に大量の労働者が流入した結果、拡大した消費需要を満たすために大量の商品を都市部に向けて輸送する必要が生まれたからです。花もその例外ではありませんでした。しかし、鮮度を保持することがむずかしいため、物日を除くと、他の生鮮品に比べると域内で生産された花はその土地で消費されることが主流でした。

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